病気とは?

『スピリチュアル・ヒーリング』(中村正明訳、日本教文社)より

 イギリスの著明な霊能力者ベティ・シャインはその著書『スピリチュアル・ヒーリング』(中村正明訳、日本教文社)の中で次のように語っている。
 「人間はまず第一にエネルギーの存在である。どの人もエネルギー体を持っている。それは身体をすっぽりとおおうと同時にオーラとして体の周囲に広がっている。肉体に生命、健康、活力を供給しているのはこのエネルギー体である。コノエネルギー・システムが故障したりどこかが機能しなくなったりすると、それに対応する体の部分は生命力に合わせて振動することがなくなり、その結果体の調子がおかしくなる」

『シルバーバーチの霊訓』より

 (霊能者に対する話)「うっかりすると方角を見失いがちな世界にあってあなた方は物的中心思想という悪性のガンと闘っている霊の大軍に所属しておられます。唯物思想はなんとしても撲滅しなければならない悪性の腫瘍です。これが人類を肉体的にも精神的にも霊的にも病的にしているのです」  

 「病気、不快、異常の原因は調和の欠如にあります。健康とは全体の調和が取れている状態のことです。身体と精神と霊との間に正しいリズムとバランスが取れていることです。三者の連係がうまく行っていない時、どこかに焦点の狂いが生じている時、自然の生命力の流れが阻害されている時に病的症状が出るのです。霊力が流れず、本来の機能を果たしていないからです」

 「人間の病気はサイコソマティック、つまり精神と霊に原因があってそれが身体に現れております。心配ばかりしていると胃潰瘍になります。が、潰瘍部分を切除すれば心配しなくなるわけではありません。ですから心配しなくなるような生き方を教えてあげないといけません」

 Q.病気は教訓として与えられるのだとか、人間性を築くためだとか言う人がおりますが、本当でしょうか?
 A.言っていること自体は正しいのですが“与えられる”という言い方は適切ではありません。私たちと同じくあなた方も法則の中で生きております。そして病気というのはその法則との調和が乱れた結果として生じるのです。言ってみれば霊として未熟であることの代償として支払わされるのです。

 「しかしその支払いとはまた別の“補償”の法則もあります。物事には得があれば損があり、損があれば必ず得があるのです。物質的な観念からすれば得と思えることも、霊的な観点からすれば大きな損失であることがあります。すべては進化を促すための神の配慮なのです」   

 「教訓を学ぶ道はいろいろありますが、最高の教訓の中には痛みと苦しみと困難の中でしか得られないものがあります。それが病気という形で現われることもあるわけです。人生は光と陰の繰り返しです。片方だけの単調なものではありません。喜びと悲しみ、健康と病気、晴天と嵐、調和と混乱、こうした対照的な体験の中でこそ進歩が得られるのです」

 「ということは双方に神の意思が宿っているということです。良いことにだけ神が宿っていると思ってはいけません。辛いこと、悲しいこと、苦しいことにも神が宿っていることを知ってください」(以上『シルバーバーチの霊訓9』潮文社より)